祈り - 手記「叫び」出版に先立って

神様の予告と計画のもと、精神病の壮絶な死角を経験、社会から打ち捨てられて、手記「叫び」を執筆 / このブログは終了と致します

主は先回りされる方。ガンと腎臓病を癒された主。

あれから祈りに祈った。こんなに報われるべき母に対して、主がどうしてこんなにも悪くされるのか葛藤しながら、切に祈った。


「母に日の目を見せれるようにして下さい。経済的な報いを与えられるようにしてあげて下さい。どうか、ガンでないようにして下さい。ガンであれば、転移もなく、末期などではなく、余命など言われませんように。み心を行って下さい。腎臓も癒してあげて下さい。好きなものを食べれるようにしてあげて下さい。母が生きる、治療する決断をしますように、生きる気力を与えて下さい。老後を謳歌できるよう、憐れんで下さい」


手紙を出したあと、ネットで、腎臓病の人のための食品が色々と出ていることも知った。腎臓病と言われてから母は、もう何ヵ月も、好きだったラーメンも、チョコレートも食べれずにいる。けれど神戸に店舗のある薬局に、腎臓病の人のために成分を調整したチョコレートが売ってあることも知って嬉しかった。


腎臓病の人のために、たんぱく質カリウム、塩分を制限して、香辛料などで味付けした食事を冷凍で宅配してくれる業者もたくさんあった。


ラーメンやカレーも別で売ってある業者があった。価格は普通の食品に比べてはるかに高くて、2ヶ月に1度の自分の障がい年金の中から、母にその2ヶ月分を調達してあげるのは厳しく、頭を抱えた。けれど、何とかお金を下さい、と主に祈りながら、入念にベストな計画を母のために立てた。母にこのような不幸が訪れて初めて、私はこんなにも母のために尽くそうとするようになった。それまでは年金も自分のために使っていた。


私はうなだれて、心から主に祈った。「親はいつまでもいない、親孝行できるのは今のうちだ、って、ずっと分かってたのに。主よ。。こうなってしまいました。。もう遅いよね。。今の今になって、もう何も食べれん、旅行にも行けん、連れてっても自由に食事も食べれん、ガンで、糖尿で、切羽詰まってから、慌てて親孝行開始しても、遅いよね、主よ。。ああ、どうか、あがなって下さい。時間を巻き戻してください。み心ひとつでおできになります、主よ。母を幸せにしてあげて下さい。何とかして下さい、癒してあげて下さい。お願いします」


聞いている情報としては、ガンだということは、もう確定的だったが、それでもガンではないようにと祈った。自分が付き添うようにと、予定が調整されたのは、何か主の側で計らいがあるのだろう、と感じていた。


梅田で人と会ったあと、母の家へ行った。夜はほぼ寝れなかった。バス停で姉と合流して、3人で病院へ行った。母と姉と話す時以外、私は油断せずずっと、こまめにボソボソと祈った。新しい病院で、木とガラスを組み合わせていたり、美術館か、ファンキーに言えばスタバと言ってもおかしくない、お洒落な内観だった。


尿を採ったり色々な検査をしたあと、いよいよ診察の順番が来た。電子ボードにナンバーの表示が出て、3人で診察室に入った。レントゲン写真と、カメラの体内写真、数値表、膀胱ガンでの紹介状、をデスクに広げた女性の医師が結果を告げた。


「色々な検査をさせてもらって、すべて見させてもらったんですが、現状特に何も異常は見られませんでした。恐らく膀胱炎が治ったあとの状態だと、見受けられます。ただここに良性の腫瘍がひとつ見られました。悪性の腫瘍、ガンはありません。」


そこには、ガンではないピンク色の害のない腫瘍が写っていた。母は追加で腎臓の検査も続けて受けることとなり、姉と私は診察室を出た。


母が、追加検査と、検査の結果を中で再び聴いている間、隣で私が再びずっと神に対して祈っているのを、姉は恐らく認識している。だから、私は主にこう申し上げた。「主よ、人に良いと思える結果ばかり叶えるのが、あなたのみ心とは限りません。しかし、私があなたに祈っているのを、不信者である姉が見ています。なので、私の祈りが報われないのを彼女などが見て、あなたと、あなたの聖徒が、暗に蔑まれないようにして下さい。あなたの名のために、お願いします。み名が崇められるようにして下さい。姉も癒してあげて下さい。」


母が診察室から出てきた。ちょっとお、という素振りで手を振り下ろしながら、姉にこう言った。「腎臓も大丈夫なんやって!このくらいやったら。どうもないんやて。何でクリニックで、腎臓病やって言われたんやろう。あんなただ事じゃないよって、早く検査行かなって言うくらい、言われたのになあ。」


私は確認した。「腎臓もどうもないって?」「うん!」目を見開いた嬉しそうな母が答えた。「じゃあ、何でも食べて大丈夫なん?」「そう!」母が可笑しそうに笑った。私は向き直って、主に感謝した。


主は本当に、時間を巻き戻してくれた。親孝行が間に合わなくなるのを、先回りしてリハーサルを作って防いで下さった。このリハーサルが与えられなかったら、本当にその時が訪れてしまうまで、本気で後悔のない親孝行を準備しなかっただろう。


主に感謝したい。助かったからといって「じゃあまだまだ手抜きでいいや」ではなくて、忠実に、この教訓を生かして、いつ別れが訪れても最良の別れとできるだけの不断の努力を今日からしてゆきたい。


帰宅してから母は、数ヵ月ぶりに、板チョコや、パナップのマンゴー味を食べた。回転寿司を姉と私に奢った。高いお金を出して、たんぱく制限食品を注文するところやったわ、と笑いあった。「もう死ぬと思ってたのに、何ともないなんて、遺憾の意を表明するわ」と私に言われて笑った。


ただ、尿から、体全体に異常がないかを調べる大きな検査もできるらしく、それを最後にしてもらうとのことで、1週間後に結果を聴きに行く。油断はできない。最後に傷つけられることになって、ひとりで傷を抱えないよう、また付き添うつもりだ。そんなことにならないように、祈りを緩めないようにしないとなあ。