祈り - 手記「叫び」出版に先立って

神様の予告と計画のもと、精神病の壮絶な死角を経験、社会から打ち捨てられて、手記「叫び」を執筆 / このブログは終了と致します

アメリカ高官&ケリー長官「原爆投下は謝罪しない」

広島と長崎に原爆が投下されてから70年が経っている。

主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の最初の事前会合となる主要7カ国(G7)外相会合が10日、広島市で始まった。これに合わせ、ケリー米国務長官ら核保有国の米英仏を含む外相らは11日午前、平和記念公園を訪れ、原爆資料館を見学し原爆慰霊碑に献花した。

f:id:inori183:20160411161349j:plain

ケリー長官は各国外相らと共に、被爆者の焼け焦げた衣服などが展示されている平和記念資料館を訪問。その後、原爆死没者慰霊碑に献花した。

ただ、被爆地訪問に先立ちケリー長官は10日、岸田外相との会談で「今回の訪問は、過去についてのものではない。現在と未来のためだ」と日本人の感情を逆撫でするようなことをわざわざ語った。

一方、ケリー長官に同行している国務省高官は同日夜、第2次世界大戦中に約14万人が犠牲となった米軍による広島への原爆投下についてケリー長官が公式に謝罪することはないと発言。「国務長官の広島訪問は謝罪のためかと聞かれれば、答えは『ノー』だ」と記者団に述べた。

アメリカがこのような人間のクズであり続ける限りは、彼らはこれからも核を投下するであろうし、世界の悪の中枢であるテロリストと何ら変りない。彼らには核や武器を持つ資格はないし、平和を語る資格はない。

このようなケリー国務長官に対して日本の岸田外務大臣も、何食わぬような顔をして握手をしたり食事会に参加させる必要はない。帰らせるべきだ。このような者に献花をさせることは犠牲者への冒涜になる。過去についての訪問が済んでいないにも関わらず、現在と未来のための段階へ進むことなど不可能なのだから、その時点で「それなら帰れ」と言うべきだ。

f:id:inori183:20160411164844j:plain

 

何年か前、原爆投下のスイッチを押した人物が、それ以来初めて日本を訪問し、広島の土を踏んだ。彼を迎える広島の人たちは、当然彼について「これまで恐ろしいほどの自責の念に苛まれてきたのだろう、辛かっただろう、広島を訪れるにあたってはものすごい恐怖感や罪悪感を感じながら来ていることだろう」と予想していた。それで、広島の人たちも「もういいのですよ」と言うように、朗らかに彼を迎えた。

しかし、最近別の番組で、彼が、私たちが予想したような感覚ではなかったことを知った。彼は、被爆した人たちがどうなったか、その写真を見て回り、説明を受け「どれもこれも、ひどい話だ」としながらも「それでも私は絶対に謝らない」と言っていたという。そういう意識で、彼が、犠牲者の眠る土を踏んだこと、広島の人たちが朗らかに彼をもてなしたことが、私は悔しい。

長崎に原爆を投下した直後からアメリカは、100名の「原爆が人体にどのような影響を与えるのか」を、核戦争に備えて調べるための研究チームを長崎に送り込み、治療は一切行わず、焼けただれた子供たちの皮膚の研究などを行った。そのチームの報告書には、はっきりと「長崎は原爆実験の研究室」と記されている。

戦争ではなく、実験のために落とされたのだ。

それを、アメリカの半数以上の国民は、今もなお「原爆投下は悪ではなかった。戦争を早く終わらせた正義であって、投下した人たちは英雄」であると思っているし、そのような教育がなされている。

日本の総理がアメリカの議会などで演説する機会が何度もあったというのに、戦争を始めた謝罪だけを行い、1度もそのことを咎めないのが、私は恥ずかしい。国民をあげて、核実験で殺戮を行ったことを正義だったと思っているような国に、核を持っていられる資格はない。

東京裁判で、戦争に勝利した国から選ばれた裁判官たちに日本の戦犯だけが裁かれたのであれば、今、その続きを行い、アメリカの戦犯も取り締まるべきだ。東京大空襲を行い、一夜にして無差別に10万人を殺戮した兵士たちは「俺たち、もし戦争に負けたら、戦犯として裁かれるよな」と会話していたそうだ。そして、絶対に戦争に負けないように、徹底的に殺戮に力を入れた。

戦争に勝てば、人からは裁かれないかもしれない。しかし、人には一度死ぬことと、死後に裁きを受けることとが定められている。最も恐ろしいことは、生きている神の手に陥ることだ。何でも、神などどうせいない、と心で思うところに、悪が生まれる。本当は「こんなことは絶対に起こってはならないはずだ」と感じる心の種が自分の心に与えられているのを感じて、それを自らの心に植え付けた神の存在を、察知すべきであるのに。

踏みにじられた尊厳は、必ず、踏みにじった者の頭上に返される。