祈り - 手記「叫び」出版に先立って

神様の予告と計画のもと、精神病の壮絶な死角を経験、社会から打ち捨てられて、手記「叫び」を執筆 / このブログは終了と致します

社会から打ち捨てられた私より 皆さんへ

3月11日、いまだに大震災の爪痕によって、人知れない被害に苦しんでおられる人達のために祈ります。この日にブログを始めることになったことに意義を感じます


私には使命があります。5年間触れることができなかった重い扉を開けて、今日手記を綴り始めました


面白い本を書く人はたくさんいます。けれど本を書かなければならない務めを負っている人は少数です。私にはどうしても書かなければならないことがあります。私はそれを書かなければ罰されます。それを果たさなければ私の命はありません

私はそのためだけに、執念をもって監獄から生きて出てきて、今生かされています


今私の前に銃があっても、私を悩ませたすべての人々に向けるために、私はそれを手に取りません

私の武器はこのペンです。神のみ心によって、このペンがすべての救いをもたらすことを願って、この手記を書いてゆきます


2016.3.11. osaka



f:id:inori183:20160318000511j:plain



この手記は、私がクリスチャンになって7年が経った頃、神に願った次のような祈りが発端です


「もし、今のこの日本の社会で、まだ知られていない、私も知らない、神であるあなただけが知っておられる『今最も救いが必要な死角・苦しんでいる人達』がいるならば、私に教えて下さい。ここに私がおります。私を当事者にして、遣わして下さい。そしてその人達を救わせて下さい」


もっとも私がこう祈ることも神によって計画されたことでした


そしてその数年後に、祈りは叶えられ、この社会において今最も救いが必要な『死角』の苦しみを私は味わい、打ち捨てられ、今も悲惨に苦しむ当事者となっています


しかしもちろんそれは、悲惨で終わるためではなく、神が死角で苦しんでいる人々に、私を通して救いをもたらすためです



私が神によって味あわされた「今最も救いが必要な社会の死角」それは、精神病に対する無理解によって作り出される死角で苦しんでいる人達の叫びでした



私は、精神病などという特殊な分野は、自分とは一生関わりがないものと思っていました


私は以前、精神病を患って凶悪犯罪を犯す犯罪者に対して、特に強い怒りを抱いていました


ニュースを見ると、もう毎回のように精神鑑定が行われ、無罪になったり、刑が減刑されることに怒りを覚えました


神にも次のように訴えました


「こんなことがあって良いのですか。精神病だの何だの、被害者には関係ないではないですか!殺された人の尊厳はどうなるんですか!そんなの、悪魔に指示されて殺したら無罪になるのなら、麻原に指示されてサリンを蒔いた人達だって同じじゃないですか。あの人達が死刑なのに、なぜ悪魔に自分の意思で従った犯人が無罪なのですか。私なら悪魔に指示されても断りますよ。違いますか?」


「頭がおかしくて理解できないなら、体で教えてやればいいんですよ。ずっとブタ箱に入れておくべきではないですか。彼がよだれを垂らしながら何かを感じるまで!もし私が間違っているならば、神よ、教えてみて下さいよ」


SNSにも怒りを投稿した私は、多くの賛同と喝采を浴びました



しかし、神は見事に、私に教えたのです


数年後、私は精神病の極みの中、何が何か分からない極限状態に至り、犯罪を犯し、よだれを垂らしながらブタ箱に座っていました


自分では精神病とは気付くことができないまま、意志の自由が効かない奴隷状態となり、長く壮絶な戦いの末に、脳の神経はクッタクタに衰弱し、すべて、無力さの極み、圧巻の極みでした


何が起こっているのか分からず、しかし何か得体の知れないとてつもないことが起こっていることだけを感じつつ、その妖艶な状況に、衰弱と発狂の狭間にいました



そしてその日から、私を待ち受けていたのは、こんなことがあり得るとは思えないほど壮絶な「死角」の体験でした


「今だかつて、人類が、こんな状態、地点にまで至ったことがあるのか?」というほどの症状は私自身にしか知られず、裁判では鑑定さえ必要ないとされ蓋がされました


そして勾留施設では、体が赤く染まり出血多量で苦しんでいる場合はすぐに事態が理解されますが、精神病によってそれ以上の重篤で救急な事態になっていても「見てて普通や」と言われ片付けられ、すぐに救急車を呼ばなければならない1秒を争う状態にも関わらず、無治療で永久的に放置されました


それはもはや、人体実験の域でした。それに放置に留まりません。あまりの病状に苦しみ発狂する患者に、限度なく懲罰が加えられました


そこでは、どんなに異様な病状を体験し苦しんでも、病気であるとは決して認められませんでした

「見てて普通や」「自分でそう思ってるだけや」何回言われ、馬鹿にされたか分かりません。どれほど異様な光景を重ねても、自分しかそれを知る者はいませんでした



精神病でもないのに犯罪を犯して収容された健康な人達は、社会での暮らしよりも恵まれた、楽な収容生活を送り、更正のためにますます健康増進が図られ、献立まで気を配られ、同じ施設内にナチス並みの地獄があることなど知ることなく出所してゆきます


逆に、精神病がなければ犯罪を犯していなかった人達は、収容されたら最後「ここは病気を治療する場所ではない」という名目のもと、精神病を用いた虐待が限界なく強いられます


健康な人が身辺整理のために保釈が許可され釈放されているというのに、救急車を呼ばなければならない状態での1秒1秒を数ヶ月重ねて白目を剥いていた私は、保釈する理由がないとして勾留され続けました



「こんなことを味わって、万が一生きて出れたとしても、もう普通の人間に戻ることは不可能だ」とさえ感じましたが、神によって遣わされた立場なので、私は奇跡的に生きて出所する日を迎えました


しかしそれは私には涙と屈辱の日であり、新たな苦しみの始まりを意味しました


私はこの世にあって、打ち捨てられた者の代表のようになりました


すぐに病院へ行き、MRIの画像を撮りました。精神病に加えて、極めて強いストレスによって、70歳の認知症患者以上に脳が空洞化していると言われたとき、初めてこれまでの戦争が1つ報われた気がしました


出所して5年間、今日まで1日たりとも、苦しまなかった日はないし、思い出して絶叫しなかった日はありません


普通は拉致の被害者でも何でも、家族は一丸となって戦うものですが、私の場合は親でさえ、どんなに説明しても、私に何が起こったのかを、今だに何ひとつ認知しません

それで何事もなかったかのように笑って接したり、日常会話を要求されるので、吐き気がします。それで私が怒ると「少しは成長したんか思ったら何や」と言われますし、虐待されたと伝えても、それを「取り調べとかが厳しかったんよ」と兄弟に説明する始末です


施設内の委員会から弁護士会SNSに至るまで、訴えてもすべてスルー、不処置でした

「死角」が徹底されているのです


「私は犯罪など犯さないから大丈夫だ、犯罪を犯したらそれはもうどんな目に遭っても仕方ないし、それはそのときだ」

などと思うかも知れませんが、どんな人も精神病になるのは明日は我が身です。私は恐らく、あなたよりはるかに正しく歩もうとして生きてきました


さらに、精神病によってもたらされる死角の苦しみは塀の中だけのものではありません


出血多量の体の怪我で救急に連絡すれば、すぐに救急車が出動し、人命優先で処置がとられます

しかし、精神的に切羽詰まった人が、国の運営する心の救急窓口に電話すると「お金あるんですか?そんなんねえ、お金ないのに誰が相手するんですか。救急じゃないので切りますね」と言い放たれ、自殺しない人まで自殺させられます


そんなことを味わった患者は、万が一自殺せずに、やがて健康になっても、二度と笑って人と接することはできません

人が切羽詰まったとき、日本にはセーフティネットがないのです



こうして私は死角のすべてを神に味あわされました

しかし神は監獄の中で、私に計画の全貌を語り、救いを約束しました


まず神は、私が神に対して犯した罪を用いて、その咎めのために、社会の死角で虐げを行っている者達の手に私を渡し、顔を隠し私を見放したということ


また同時に、神が私をついに罪から立ち返らせ、癒すその時に、ご自身が遣わした私を虐げた彼らの罪を罰することで、これまで社会の死角で行われていたことを暴き、改革し、そこで苦しめられていた人々のことも救うためであるということ


しいては、私の手記を通して、すべて社会で生きる人達が神のなさったことを知り、深く思慮と学びを得て、精神病に限らないすべての死角で苦しんでいる人達の救いに繋がるレポートとなること



「先の事は、見よ、すでに起こった。新しい事を、わたしは告げよう。それが起こる前に、あなたに聞かせよう」


だから全世界に今、預言します


「あなたは主の手から憤りの杯を飲み、よろめかす大杯を飲み干した。それゆえ、さあ、これを聞け。悩んでいる者、酔ってはいても、酒のせいではない者よ。わたしはあなたの手から、よろめかす杯を取り上げた。あなたはわたしの憤りの大杯をもう二度と飲むことはない。わたしはこれを、あなたを悩ます者達の手に渡す。彼らはかつてあなたに『ひれ伏せ。我々は乗り越えて行こう』と行ったので、あなたは背中を地面のようにし、また歩道のようにして、彼らが乗り越えて行くのにまかせた」


「あなたは役立たず共に訴えたが、彼らはあなたに恥をもたらした。あなたは言った『私は無駄に労苦し骨を折った。それでも、私の正しい訴えは主の前にある』それゆえ、主はあなたに恵もうと待っておられ、あなたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ」


神が語られたこのことが、きっと私が手記を出版したあと、もうすぐ、起こります


日本でも、ニューヨークでも、どこにおいても、神のなさったことが感心され、讃えられますように


また、神が復讐なさる方なのだということが、イスラム国やマフィアやあらゆる犯罪などに踏みにじられた人達の希望にもなりますように



1度きりの人生、私は、神の真実にかけます


地上の至るところで今日も泣いている、神にしか救われようがない人達と共に、そうするほかない立場にされました


私は教会の賛美の列を離れ、あらゆる悲惨のために泣いている人達と共に泣く者とされたことを良かったと思っています


どうかみなさん、手記が出版されたら、社会を変えるために、読んでください


神よ、すべて、あらゆる悲惨のために、死角で泣いている人達を救ってください

もしも、私の救いが最後になってもかまいません


だから

1度でいいから

心の底から大泣きしながら
ありがとうと言わせてください